渋谷のこのごろ vol.20『道玄坂の歴史』

道玄坂は、渋谷駅のハチ公像からスクランブル交差点を渡った目黒方面への上り坂です。
この道玄坂という名前の由来は諸説あり、ひとつは和田義盛の末裔である大和田太郎道玄が盗賊の如く通行人から金品を奪っていたといい、道玄の現れる坂という意味で付けられました。
もうひとつは道玄庵という庵があったという説があります。
道玄坂道供養碑には「大和田太郎道玄がこの坂の傍に道玄庵を造って住んだ。それでこの坂を道玄坂というといわれている」と記されていることから、庵が由来の説が有力と言われています。

住所としては渋谷駅もハチ公像も道玄坂であり、広くこの地域に道玄が影響していたのでしょう。
東京の地名はその土地に由来するものからはじまり、長い歴史の中で何度となく変更されているものが多いのですが、道玄坂は今もそのまま残り、渋谷のシンボル的スポットが多数あります。

道玄坂地区としての歴史は、渋谷の歴史そのものです。
1932年には渋谷町が渋谷区の一部になり、翌1933年には井の頭線が開通しました。
1964年には首都高3号渋谷線が玉川通り上に開通、1965年には道玄坂1丁目に現在の渋谷東急プラザ、1967年には道玄坂2丁目に東急百貨店本店が開店し、繁華街として賑わってきました。
1977年には田園都市線、1978年には半蔵門線が開通し、渋谷駅は東京の要となり多くの若者が集まる街となりました。

道玄坂の住所は1丁目と2丁目しかありませんが、現在は誰もが知る地区と言っても過言ではありません。

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